バブル時代をスケッチしてみる。

私が学生になった頃である。他に類を見ない異様な80年代の空気を満喫し、まだまだバブルは嫌でも続くと、誰もが信じて疑わない時勢の90年代を、当たり前の様に過ごした私達が、後の世代に恨まれて、疎んじられたとしても、仕方のない事だ。

 

クリスマスのデートは、フレンチかイタリアンのディナーで、きちんとしたホテルのスィートルームが定番で、ツワモノになるとオプションで、ナイトクルージングやヘリの遊覧で夜景をみるとか。

 

4℃やティファニーのダイヤの指輪やピアスは、シンプルなデザインで、女の子達を魅了した。成金のおばはんには、絶対に似合わない。要領のいい女の子は彼氏に貢がせ、持てない癖に見栄っ張りな女の子は、ちょっと危険な橋を渡って短時間で大金を稼いでいた。自腹でローンを組んででも、プラチナ台のダイヤのネックレスと指輪の、よりグレードの高い物を買って、<彼から貢がれて困っちゃう!>なぁんて悲しい嘘をついていた。こういう女の子は特に、珍しくはなかった。私にとっては苦手な生き物ではあったが・・・。身を持ち崩した後、どうなったのか? 知らない。

 

それから十数年を経て、仕事で多重債務者の詳細データを、見る事ができた。高校時代の知人のデータを見つけた。どういう状況かと云うと、銀行の借金を3回以上滞らせて、借りた名義者が行方不明になり、連帯保証人がその責を負っているが、連帯保証人もドロンと消えてしまって、誰も現時点で責任を取り切れていない状態なのだ。

 

その中で一番酷い有様だったのは、高校時代の同級生で、馬鹿にしている人間にだけ、皆の前で意地悪くて馬鹿にしきった態度をとる、嫌な野郎だった。しかしその馬鹿野郎は大好きなクラス会に来なくなった。誰も理由は知らない。

 

クラス会から3日経った頃、偶然上記の人物のデータを見る事ができた。馬鹿野郎は、母一人・子一人の母子家庭であった。一生懸命働いて、馬鹿野郎を女の細腕だけで、高校と大学を進学させている。しかしその後、独立して自分のスナックを開いた直後、バブル崩壊の渦に巻き込まれて、借金を一億近く作り、母親は逃げた。馬鹿野郎は返済の為に港湾労働者になったり、風俗店の雇われ店長をしていた様だが、もうお日様を浴びる世界には戻れないであろう・・・・・・。

 

私には全く縁のない世界だったので、未だに、水商売のシステムの違いなんて知らない。ホステスになるのか、よくわからないが、お店に行って、お客さんが来るまで座って待ち、お客が望まれたらテキトーに作った水割りと、お絞りを出す。いい加減にしていても、女の子は何十人もいるので、多少投げ遣りでも、誰も何も、文句は云わない。こんなんで一月25日以上出勤して、50万以上稼いでいるのだ!

 

危ない橋を渡って、向こう側の世界から戻れなくなってしまった女の子は、相変わらず何の情報も出ないまま、帰ってこない。彼女を一人っきりで待つ、お父さんの背中に、掛けるべき言葉が出ない。寡黙で、右手そして上腕まで義手なのに、毎日の庭の手入れを欠かさない、お父さん・・・・・

 

他人の家庭に干渉するのは、良くない事だが、彼女のお父さんを見ていると、とても切なくなってしまう。選択肢がありすぎて困っていた時代に、何故彼女は危ない橋を渡ると云う選択をしたのだろうか??? 

 

実直な公務員で、きちんと出世もしたお父さん。50代で亡くなった、教養のあるお母さん。彼女自身も優等生で進学校に行った。やさしくて、彼女との嫌な思い出は、一つもなかっただけに、彼女の不在は、周囲を傷付け、困惑させた。バブルの時代に危ない橋をわざわざ選ぶくらいだから、どこに転がって行っても、何れにせよ、身を持ち崩す運命だったのだろう。

 

 以前、職場の同僚で、大手証券会社の人事担当の事務をやっていた女がいた。高卒で新卒採用で、初めてのボーナスが、なんと100万円以上だったらしい! まだ20歳にならない小娘の方が、勤続20年近の大黒柱のおとっつあんより多いなんてどーゆー事だぁ???

 

だからと云って、この女に憧れたり、妬んだり、する気は全く起きない。年取った<ちびまる子ちゃん>と<スネオ>を2で割って、ポニーテールしてくるセンスの持ち主だぜ・・・。そして、何故か<シャネルのアリュール>を、結構強めにつけている。

 

コイツは<幸薄そうで、昭和そのものな女>なのに、お決まりな作り笑顔がある。バブル時代にイイ目に合い、自信たっぷりだ。昭和フェチマニア野郎に、ピンポイントで作り笑いを振りまく。そして自力で、窓口を出入りする銀行員を見事に釣り、30歳過ぎてから出来ちゃった結婚をした。

 

 <洋服にたっぷり金を掛ける><大学生は卒業旅行に海外へ二度行く><頭の回転が速く><明るく><海外旅行は最低でもハワイと香港とサイパンは必須>・・・特に金持ちではなくても、要領がよかったり、モテた女の子は、上記を網羅している。友人の二歳年上の瞳さん(勿論、美女!)は、想像どおり、上記を見事にクリアしていた。

 

他人からはバブルを謳歌しているように見える、瞳さんだが、最後にあった時はちょっと予想外の彼と一緒だった。・・・とても地味な人で、鉄道マニアな人だった。いままで交際した中で、一番幸せだと、彼女はテレ笑いを浮かべていた・・・何度も、彼が購入する鉄道模型の店に行っているらしい。その道の人が憧れる銀座の名店(森博嗣氏も常連客)に、2度も彼と行ったらしい。

 

私も主人と行った事がある。とても緻密なジオラマの中を颯爽と行き交う鉄道模型には、マニアではなくても惹きこまれそうになる。全部ひっくるめて、一つの芸術と云っても過言ではない。余計な事かもしれないけど、瞳さんに進言した。

 

もし鉄道マニアを侮辱する輩がいたら、

<高尚な総合芸術を理解して戴けないようで、残念ですね!>と、云い返していいよ、そんな馬鹿には!!! プロ並みに風景画を書ける人じゃないと、3次元化出来ないのは、現物みればわかるよねー!!

 

思わず力を込めて語ったら、瞳さんは普段は陶器のように白い頬を、桜色に上気させながら、本当に嬉しそうな顔をしていた。

 

彼の事を<おたく><マニア>って、勝手に決め付けて、貶めるような事を云う、不愉快な人がいるのよ! 云い帰したいから、ソレ使わせてね!!! 彼の家はお爺様から続くりっぱな模型がたくさんあって、専用の部屋できれいに展示してあるの。私は模型の事はよく知らないけど、鉄道が好きな彼のお家の方々の事大好きだから、四の五の云われると、本当に腹が立つのよ!!!

 

・・・こんな熱い瞳さんを見たのは、初めてだ・・・

 

 彼女が幸せで、本当によかった。時代が変わっても、その時に相応しい幸せは、ちゃんとあるのだ。瞳さんの<今>を見て、ほっとした。

     <終わり>